読書メモ(2009年5月その2)

東アジア都城紀行(叢書・地球発見)/高橋誠一/ナカニシヤ出版

東アジア都城紀行 (叢書・地球発見)

東アジア都城紀行 (叢書・地球発見)

藤原京、九州の山城(日本)、百済新羅高句麗の山城(韓国、北朝鮮)、華北、華中の都城(中国)、琉球の集落(沖縄)…東アジアの都城遺跡をめぐりながら、感じたこと、考えたこと、研究したこと…などなど。


よ〜は歴史地理学のセンセによる調査紀行文なんですが、フツーの学者センセならばウンチク、専門知識を散りばめてお堅い論文風にまとめてしまうところですが、このセンセの場合、調査しました、大変な旅でした、でも各地の人情に触れました、食べ物も美味しかった…みたいなルポルタージュ風にまとめているので、純粋に旅行本としても面白い。著者は書斎派というより、フィールドワーク派らしいが、"足でやる学問"を実感させる内容である。

絞首台の謎(創元推理文庫)/ディクスン・カー

絞首台の謎 (創元推理文庫 118-15)

絞首台の謎 (創元推理文庫 118-15)

霧のロンドン。退廃的なクラブ「ブリムストン・クラブ」。そのメンバーである謎のエジプト人紳士に送りつけられた絞首台の模型と、17世紀の死刑執行人からの不気味な予告状。やがて紳士は誘拐され、その運転手は死体で発見される。事件の謎をパリ警察の辣腕アンリ・バンコランが追う…。


絞首台の幻影、エジプト・東洋趣味…という猟奇部分をひっぺがして、ネタが割れるとな〜んだ(大山鳴動して鼠一匹)というカーの悪いところの方が多く出てしまったよ〜な作品。本格推理としての弱さもあるんですが、それ以上に、メイントリックに古色蒼然たる隠し部屋、隠し扉という小道具、特殊な体型の人間という要素をひねり無く使ってしまっているというのが痛い…。


「『たしかにジャック・ケッチに追われるのも嫌なことですが……自分が罪を犯したら、アンリ・バンコランに追われるより、悪魔に追われたほうがましですな』」(本書221頁)。えらい嫌われようですが、探偵役バンコランのメフィストフェレスみたいなキャラクターはけっこう好きかな〜。あとがき(「アンリ・バンコランの横顔」)に、武部本一郎(ターザンとか英雄コナンシリーズの挿絵描いていた人)画のバンコラン肖像あり。イメージ通り。

古代中国思想ノート(信山社叢書)/長尾龍一信山社出版

古代中国思想ノート (信山社叢書)

古代中国思想ノート (信山社叢書)

ハンス・ケルゼン、カール・シュミットの研究で知られる法哲学、政治思想史の研究家が、専門外の古代中国思想を、法哲学、政治思想研究者としての視点から読んでいく。「『素人は勉強し、専門家は研究する』とすれば、本書はまったく『勉強』のノートである」(「あとがき」本書242頁)と謙遜しているが、門外漢の「勉強ノート」にしては刺激的な内容。おもしろい。

情報デザイン入門(ちくま新書)/木村浩

情報デザイン入門 (ちくま新書)

情報デザイン入門 (ちくま新書)

言語・活字メディアから最新の電脳メディアまで。情報デザインの入門書。よくも悪くも教科書的。これをネタ本にすれば"それらしい"ことを言えるかもしれないが、切り口そのものは詰まらなくて、読むに耐えない。

子どもと死について(中公文庫)/エリザベス・キューブラー・ロス

子どもと死について (中公文庫)

子どもと死について (中公文庫)

On Children and Death(1983)の新訳。


著者は終末期医療学の名著『死ぬ瞬間』で有名な精神科医。現在、主流となっている終末期の精神ケアのパイオニア、権威的な存在だった人らしい。


死後の世界や臨死体験の積極的肯定とか、晩年の言動で、一部ではトンデモと批判されてはいるようですが(この本の中にも、そういった要素が含まれ、読んでいて多少抵抗感はある…)、著者のスタンスの根底には、"死"というものを即物的・物質的に扱う現代医療が、はたして"死"に直面した人間の救いになるのか?…という真剣な懐疑、問いかけがあるのだろう。

魔女の隠れ家(創元推理文庫)/ディクスン・カー

魔女の隠れ家 (創元推理文庫 118-16)

魔女の隠れ家 (創元推理文庫 118-16)

英国リンカンシャー州の旧家スタバース家に伝わる伝統の相続儀式。それはスタバース家ゆかりの監獄「魔女の隠れ家」で一夜を過ごすという不気味なものだった。そして儀式の夜、次期当主たる青年が怪死する。スタバース家の当主は頸の骨を折って死ぬ…という忌まわしい伝説の通りに…。


言語学者(?)のギデオン・フェル博士を探偵役にしたもの。児童向けのリライトで以前読んだように記憶していますが、細かい筋、犯人などはすっかり忘れていました。ただスタバース家の儀式(監獄でのお篭り)、伝説(頸の骨折)、じめじめっ〜とした監獄のフンイキだけはよく覚えていて、ああこれこれ…という感じ。こんな読み方じゃ、推理小説ファン失格?


本格推理小説要素と伝奇小説要素を見事に融合して、おまけに暗号、宝探しという要素まで付けたという意欲作で、カー入門編としてオススメできる名作。しかし、リンカンシャーの沼地のジメジメっとした描写は、なんというか、単に小説の背景描写を越えて、生理的にクルものがあるなぁ…。

ルイ・ボナパルトブリュメール18日―初版(平凡社ライブラリー)/カール・マルクス

ブリュメール18日 (平凡社ライブラリー)

ブリュメール18日 (平凡社ライブラリー)

1851年12月フランス、ルイ・ボナパルト(後のナポレオン三世)によるクーデターを論じたもの。1852年刊の初版に基づく邦訳テクスト。


年表を見ると、本書がいかにHOTなアジ文書(誉め言葉…)だということが分かる。まるでカエサルアントニウスオクタヴィアヌスの向こうを張った、キケロ、小カトーもかくやといった感じである。理論家としてより、アジテーターとしての才能の方があったんじゃないの? メインテーマは民主主義体制で、なぜ独裁者によるクーデターが成功したのかという問いかけだけど、論旨そのものより描出されるルイ・ボナパルトの陰画イメージの方が印象に残るな…。

リズナー(ハヤカワ文庫SF)/トーマス・M・ディッシュ

プリズナー (ハヤカワ文庫 SF 233)

プリズナー (ハヤカワ文庫 SF 233)

とある村に隔離されてしまう6番と呼ばれる男。脱出のこころみの中で、男は自分の存在意義(アイデンティティー)に疑いをいだくようになる…。伝説の海外SFドラマ「プリズナー・ナンバー6」のノベライズ(原作未見)。


原作はどうだか知らんですが、あくまでディッシュ作品として読む。


オーウェル(『動物農場』『1984年』)ではじまり、カフカ(『城』)になってディック(「追憶売ります」)で終わるような感じ。以前、読んだ『キャンプ・コンセントレーション』に繋がっていく要素もあるような感じもする…。