屋根裏の遠い旅/那須正幹/偕成社文庫

屋根裏の遠い旅 (偕成社文庫)

『屋根裏の遠い旅』
那須正幹(著)
偕成社偕成社文庫)
1992年
ISBN:4036522906


もしも日本が太平洋戦争に勝利していたならば…
悪ガキコンビ・小坂省平と松木大二郎が学校の木造校舎の屋根裏から迷い込んだのは、そのif(もしも)が実現した並行世界(パラレルワールド)だった。日本が太平洋戦争に勝利し、そのまま戦争を続けている世界。父親が出征し、軍隊が幅をきかせて、学校では軍事教練や愛国教育が行われる。戦争をあたりまえとする世界になじめないふたりは、元の世界に戻ろうとするが…。


歴史にif(もしも)はありえないというのが歴史研究の大原則だが、それをくつがえす思考実験をするのが、改変歴史モノ(ひところブームになった架空戦記・架空戦史小説も含まれる)とよばれるジャンルの文学。本書もまた、そのジャンルの中にふくまれるのだろうか。だろうか…と言ったのは、本書では「改変」そのものを素通りして、「歴史の変わってしまった世界」にいきなり放り込まれてしまうからである。いわばパラレルワールドモノに近い。


軍人が威張り、軍はハイテク(無人ジェット機とか出てくる)、民間はローテク(ガソリン不足で木炭車が走っている…)、スパイされ、密告が奨励され、右翼養成塾みたいな組織が私的制裁を加える。イヤな世界だな。歪な戦時体制が日常化している世界の描写に、紋切り型のディストピア像と思いつつもグイグイ引き込まれてしまうのは、細かいディテールの積み重ねがピリピリした銃後の日常の空気感みたいなものをよく伝えているからだろう…。


ナマ戦艦大和見れてラッキー、要領よくこなせば軍事教練もOK、こっちのヒロインもかわいいじゃん…こんな暗い世界でもなじんでしまっている省平と大二郎。ふたりの前向きさが救いといえば救いなのだが、そんな彼らもある不注意をきっかけで周囲から孤立、異邦人としての自分たちを意識せざるをえなくなってしまう。そして自分たちと同じ境遇の仲間の協力もあって、元の世界に戻るヒントをつかみ、いよいよ元の世界に帰るその日に…。


あのラストは衝撃的だったな。ネタバレになるから詳細は書かないが。たんにアクシデントによって道を塞がれてしまった…というのではなく、善意の理解者の行動がああいう結果を生んでしまい…というのがねえ、皮肉(先生の最後の言葉が切ねぇ…)。世界の不条理の前に、呆然と立ちつくすふたり。


「『くよくよするなって、こうなりゃあ、おれたちはおれたちのやりかたで生きていくしかないさ。そうだろう。』『おれたちには、もうこの世界しかないんだもんねえ。』」(本書298頁)。前向きなふたりの言葉だけが救いとなる後味の悪さ。でも、このラストでなければ、この作品の力は薄れていたに違いない。