東京の下町/吉村昭(文)、永田力(画)/文春文庫


『東京の下町』
吉村昭(文)、永田力(画)
文藝春秋(文春文庫)、1989年、ISBN:4167169142
図書館。作家・吉村昭が日暮里で生まれ育った戦前・戦中の少年時代をつづるエッセイ集。出だしから「日暮里を下町と言うべきかどうか。江戸時代の下町とは、城下町である江戸町の別称で、むろん日暮里はその地域外にある」「それに下町の要素が濃いとは言え、御郭外の日暮里を下町として書くのも気がひけて、そのたびに断ってきた」である。一歩引いたところが、吉村さんらしい。


「下町ブームとかで、すべてが良き時代の生活であったかのごとく言われているが、果たしてそうであったろうか。たしかに良きものがありはしたが、逆な面も多々あった」と書くだけに、下町の不衛生さ、汚らしさの描写はナマナマしい。吉村さん自身も病弱だっただけに、そこは強く刻まれていたんだろうか。病気、火事、一家離散、自殺、戦時下の暗い世相…ああ暗いよ暗いよ(鬱)。


この屈折ぶりが、いかにも吉村さんらしいですけど。一番印象に残ったのは〆。思い出の場所の「現在」を見にいくんですけど、懐旧をギリギリに抑える作者の姿がいじらしい。ナガフジ(現在閉店)の卵パンは買わないのかよ…。