読書メモ(2009年5月その1)

旧約聖書〈5〉サムエル記/池田裕(訳)/岩波書店

旧約聖書〈5〉サムエル記

旧約聖書〈5〉サムエル記

岩波委員会訳旧約聖書の一冊。預言者サムエル、彼によって見出された王サウル、王ダビデ…この三人が織りなす愛憎ドラマ。さすがに世界一のベストセラー小説(苦笑)だけあって、旧約聖書の歴史パートはオリジナルテクストでも面白い。ヤオイあり、姦通あり、寝取り寝取られあり、サドマゾあり…なんという淫乱書ですか。訳も平易なんで、とっととこれを文庫化して欲しいもんだ。

張作霖爆殺―昭和天皇の統帥 (中公新書)/大江志乃夫

張作霖爆殺―昭和天皇の統帥 (中公新書)

張作霖爆殺―昭和天皇の統帥 (中公新書)

1928年6月24日、奉天軍閥張作霖が暗殺された張作霖爆殺事件と、その事件の処理をめぐる日本政府、軍部の動向をえがいた概説書。事件そのものより、事件の後始末をめぐるゴタゴタと田中義一内閣総辞職にたるまでの過程がメイン。最近話題になった(らしい)ソ連陰謀説に触発されて、事件そのものの再検証をはかりたい向きには、あまり「ため」にならない概説書かも。


興味深いのは、ワリを食わされちゃった格好の田中義一でしょうかね。陸軍の実力者でありながら、立憲政友会(政党)にかつがれて総裁→首相となるも、古巣の陸軍がおこした不始末が原因で失脚してしまうという…。

古典学入門 (岩波文庫)/池田亀鑑/岩波書店

古典学入門 (岩波文庫)

古典学入門 (岩波文庫)

池田亀鑑は日本の国文学者で、日本古典の文献学研究の権威だった方。「源氏物語」のテクスト研究や「枕草子」の校訂などで有名。なんで古文の魅力を説く啓蒙書…なんてものじゃなくて古典文献学のマジメな入門書です。しかも古典(Classic)の語源を、中国漢籍ギリシャ・ローマ古典までさかのぼるという徹底ぶり(アウルス・ゲッリウスの著作が語源なんですか>Classic)。


テクストクリティークの重要性は文学でもそうなんですけど、歴史学でもやかましく言われることなんで、本書は歴史文献学の参考書としても読めますね。難しい内容にもかかわらず、平易な叙述でなかなか読みやすいです。

火刑法廷 (ハヤカワ・ミステリ文庫)/ジョン・ディクスン・カー早川書房

火刑法廷 (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-1)

火刑法廷 (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-1)

The Burning Court(1937年)。17世紀フランスの歴史上のブランヴィリエ侯爵夫人による毒殺事件を題材にした歴史ミステリー作品。カーは正直アタリハズレが激しい作家なんですが、これは文句ナシにオススメ。


といっても、最後の最後のオチ(逆転)は本格派からすると邪道も邪道で噴飯モノなんだろうけど、それでも三つの毒殺事件(17世紀、19世紀、20世紀)をダブらせ、共通の女毒殺魔の存在をちらつかせるという構成、身近な人間に対する疑惑の恐ろしさ、怪異の正体が暴かれていくスリリングさ、それがまた引っくり返される快感(いや、こういうのってアンフェアでもたまらないのよ…)。


カーの悪癖でもありウリでもある怪奇趣味や歴史趣味が過剰になりすぎずに、適度なスパイスとして効いているのもいい。

〈宗教化〉する現代思想 (光文社新書)/仲正昌樹

〈宗教化〉する現代思想 (光文社新書)

〈宗教化〉する現代思想 (光文社新書)

  • 安易に「答え」を求めようとするな
  • 絶対の「答え」を求めようとするな
  • 哲学は「答え」を求めるためのツール、過程に過ぎない

著者の主張を要約すれば、こんな感じだろうか?


タイトルに「現代思想」とあるが、キリスト教の二元論の影響を受け継ぎながらも、神無き近現代の「宗教」として発展してきた西欧哲学の限界性を指摘し、そうした背景に無自覚のまま、海外の流行思想を次から次へと消費してきた日本の思想界隈の危うさについて警鐘を鳴らすスパンの大きな本である。


哲学とは哲学批判なりとは、どっかの誰かも言っていたな…?

黒船前後・志士と経済 他16篇 (岩波文庫)/服部之總

黒船前後・志士と経済 他十六篇 (岩波文庫)

黒船前後・志士と経済 他十六篇 (岩波文庫)

近世・近代日本史をフィールドとした、マルクス主義歴史学者のエッセイ集。いわゆる唯物史観(カネとモノとヒトの関係…経済…から見た歴史の見方)なんで、経済史寄りの内容なんですけどね、なかなか面白い。


薩長、勤皇志士、新撰組…と人物本位で語られがちな幕末明治史も「経済」という視点で見直すと、新しい視点が見えてくるし、一国史も当時の世界情勢という枠においてみると別のものが見えてくる。


あと黒船の構造的考証とか、幕末志士の商売とか切り口も面白い。

野沢尚のミステリードラマは眠らない/野沢尚日本放送出版協会

人気シナリオライターが、自作の創作過程を公開しながらシナリオ道を指南するというハウツー本。「眠れる森」「氷の世界」といった人気ドラマの内側をのぞけるという面白さもあるので、シナリオライター志望者ばかりでなく(ワタクシのような)ミーハーにも楽しく読める。ただ完全収録された「ネット・バイオレンス」のシナリオは読んでいて痛かった…いいドラマだったけどね。

ジャングル・クルーズにうってつけの日(ちくま学芸文庫)/生井英考

ヴェトナム戦争を題材にしたドキュメンタリー、戦争文学、戦争映画のイメージ分析を通してヴェトナム戦争文化(カルチャー)というべきものをあぶりだした労作。ヴェトナム戦争論というよりもヴェトナム戦争文学論といった感じだろうか。考察の中心が60年代アメリカ中心になるのは致し方ないのだろうが、日本のそれも分析対象として俎上に載せて欲しかったような気がする…無理か。