読書メモ(2009年5月その3)

『ブラウン神父』ブック/井上ひさし(編)/春秋社

『ブラウン神父』ブック

『ブラウン神父』ブック

『ブラウン神父』シリーズのガイド本…なんだが、正直、ブックガイドとしては微妙というか、中途半端なんだよね。入門書としてオススメ出来るかというと、そうでもないし。マニアファン向けとしても、喰い足りない。肝心の『ブラウン神父』シリーズ作品についての解説があんまり無くて、ファンの人を集めて、気ままにお喋りさせている…そんな感じ。というか、出している出版社は、『ブラウン神父』モノを出しているとこじゃないんだよな(その他のチェスタトン本を出している)。ブラウン神父本というよりチェスタトンの解説本。

ジョン・マーティン画集/大滝啓裕(解説)/トレヴィル

ジョン・マーティン(John Martin、1789〜1854年)の画集。油彩のほか、彼の名を有名にした銅版画(モノクロ)も収録。とくにミルトン『失楽園』の挿絵は、ミニマムながら素晴らしい傑作(栃木県立美術館所蔵…か。日本の美術館もやるね)。ただ、この人の油彩画は、このサイズじゃ迫力が伝わらない気がする。どんなに大判でも…やはりポスターぐらいじゃないとダメなのかなぁ。

探偵小説の哲学/ジークフリート・クラカウアー/法政大学出版局

探偵小説の哲学 (叢書・ウニベルシタス)

探偵小説の哲学 (叢書・ウニベルシタス)

ジークフリート・クラカウアーは『カリガリからヒトラーへ』、『天国と地獄』といった著作で知られるドイツの文化史家。第一次大戦から第二次大戦にかけてのワイマールドイツでは、ベンヤミンとか、エドゥアルト・フックスとか学際的な文化人が多く活躍したと記憶するが、クラカウアーもそのひとりなんだろうか? 彼らは揃いも揃って、のちにナチスに迫害される身となる訳だ。


解説では探偵小説論の古典みたいな扱いをしているが、執筆時期(1925年?)的にはそうでも、公刊が後(1979年)では、あまり意味が無いのでは? こういう批評、評論は世間に出されないと意味ないわけだし。内容にしても、切り口は面白いが、"哲学"を云々したがるスタイルには少々ゲンナリする。


ハドソン・リヴァー派画集/人見伸子(解説)/トレヴィル

ハドソン・リヴァー派画集 (ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ)

ハドソン・リヴァー派画集 (ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ)

トマス・コール、フレデリックエドウィン・チャーチ、アルバートビアスタット…といった19世紀アメリカのロマン派の流れをくむ風景画家たち。ハドソン・リヴァー派(Hdoson River school)に関する本邦唯一の画集。


このシリーズはデジデリオとかジョン・マーティンとか、ほかでは見られないレアな画家をフォローしているわけだが、にしても80〜90年代の幻想文学、幻想絵画ブーム(澁澤龍彦とか荒俣宏とかが演出した)があったといえ、現在から考えてみると、よく出たな〜というぐらいマイナーなラインナップだ。

京都文具探訪/ナカムラユキアノニマスタジオ

京都文具探訪

京都文具探訪

京都在住の文具好きイラストレーター(女性)が、地元の昔懐かしい文具店や文具シーンを訪ねあるくというフォトエッセイ集。やはり女性が書くと、モノに対する執着よりも、モノとの出会い、ヒトとの出会い、それらをつつむ空間(店)といった要素が前面に出てくる傾向があると思う。だから、女性が書く文具エッセイって読んでいて心地よいんだよね…物欲ギトギトな感じがなくて。

現代政治学入門(講談社学術文庫)/バーナード・クリック

現代政治学入門 (講談社学術文庫)

現代政治学入門 (講談社学術文庫)


政治学とは、社会全体に影響をあたえるような利害と価値をめぐって生じる紛争についての研究であり、また、どうすればこの紛争を調停することができるかについての研究である。それを研究したからといって、「なにもかもが入り組んで哀しい世の仕組み」[オマル・ハイヤームルバイヤート』]を正すことは期待できないにしても、この世での生活を改善するのに非常に有効な事柄を学ぶことにはなるだろう。 (本書13頁)
冒頭の明快かつ人を喰った政治学の定義に参った…。


本書は、ブレア政権のアドバイザーでもあった(リベラル右派?)英国の大物政治学者が、大学などの高等教育機関向けに書きおろした政治学の入門教科書だが、政治学の教科書ときいて我々が連想するような無味乾燥さも、あるいはスカスカなアンチョコ本の安易さも無くて、よく分かる上に、読んでいて凄く面白い…という本。政治学の本で、これぐらい面白い本は読んだこと無いな。


合意形成のための妥協としての政治、雑多なものからひとつのものを生み出すプロセスとしての政治…歴史の経験知に鍛え上げられたイギリス政治と政治学のコクを感じさせる内容なのだが、マジメ一点張りじゃなくて、上述のような大人のユーモア(英国ユーモア)を感じさせる叙述そのものも魅力なんだよね〜。



子どもたちはわたしのいうことにしたがったが、それは、そうしなければゲームが流れてしまうというきわめて功利的な理由からである。つまり、そうしなければ、かれらはいわばホッブズ的な自然状態、アナーキーな状態に置かれることになるわけである。そこで、とにもかくにもサッカーをするためには、ルールの理解がどんなに怪しげな審判だとしても、かれらには審判が必要だったのである。 (本書134〜135頁)
子どものサッカーの審判をした経験を語りながら、政治制度について説明するくだりにはくっくっくっと笑いをこらえてしまうな。

絵の言葉(講談社学術文庫)/小松左京高階秀爾

絵の言葉 (講談社学術文庫 74)

絵の言葉 (講談社学術文庫 74)

日本を代表するSF作家と西洋美術評論家が、人間と美術文化、西洋美術と日本美術について自在な対話を繰り広げる…異色の組み合わせによる美術対談。すぐれた美術論にして秀逸な文化論。刊行年だけ見ると古い(元となった対談は昭和50年)んですが、内容はいっこうに古びない。


ふつう、こういう組み合わせだと、専門知識を持っているほうが主導権を握ってしまって、もう片方が受身に拝聴する(先生→生徒)という展開になることが多いんですが、あきらかに専門外の小松左京が次々に鋭いサジェスチョンを投げかけて、丁々発止の白熱したやり取りが繰り広げられる…すごいなぁ。


西洋美術や学芸の根底にあるロジック…法則、秩序、数学が、ふたりのやり取りから分かりやすいカタチで浮かび上がってくる、その過程はとてもスリリングなんですが、対する日本美術が靄につつまれたまま…なのは致し方ないか。

お菓子帖(朝日文庫)/綱島理友朝日新聞社

お菓子帖 (朝日文庫)

お菓子帖 (朝日文庫)

軽いタッチのお菓子コラム。泉屋クッキー、ゴーフル、源氏パイエンゼルパイ…と取り上げられている品は定番中の定番というか、どこでも手に入るものばかりだし、データやウンチクを詳細に盛り込んでいるわけでもないので、ディープでマニアックなB級お菓子マニア(?)からすると不満の多い内容かもしれない。泉屋クッキーの図解は面白かったんだけど、こういう感じで他の品についてもイラスト付の詳細な解説をしてくれば、もっとよかったのかなぁ〜。

ブラウン神父(集英社文庫)/G.K.チェスタートン

ブラウン神父 (集英社文庫―世界の名探偵コレクション10)

ブラウン神父 (集英社文庫―世界の名探偵コレクション10)

『ブラウン神父』短編集全五冊から一篇ずつ抜き出し、珍品「ドニントン事件」と詳細な解説をくわえた日本独自編集の短編集。選ばれた作品が必ずしも傑作揃いではなく、ベスト・セレクションとは言いかねるが、ブラウン神父というキャラクターがよく分かることは分かるので、これでもいいんじゃないの?


個人的には「マーン城の喪主」かな。こういうカタチで読み直してみると印象深い。罪と赦しというテーマが前面に出され、神父が"探偵"である以前にローマン・カトリックの聖職者なんだな、とあらためて再確認する。解説はかなり親切丁寧で、ブラウン神父モノの入門書としては悪くない一冊。



飛ぶ星/ペンドラゴン一族の滅亡/ムーン・クレセントの奇跡/マーン城の喪主/古書の呪い/ドニントン事件

作家の家―創作の現場を訪ねて/西村書店

作家の家―創作の現場を訪ねて

作家の家―創作の現場を訪ねて

プロローグ(序文)のマルグリット・デュラスを含め、欧米の文学者21人の"創作の現場"である家を訪ね、写し撮った文学写真集。


う〜ん、ワタクシが求めていた(予想していた)ものとは、多少違っていたようだ。あくまで見たいのは、作家の創作の現場の"ナマのカタチ"であったのだが、もう文学史となってしまった過去の作家、文豪となると、もう愛好家向けの記念碑、記念物と化してしまって、ナマナマしいアウラみたいなものは消えてしまっているらしい。現在生きてバリバリ仕事している作家の家じゃないと、創作活動してますという、現場感みたいなものは匂ってこないのだろうか?


人選や構成に首を傾げるところもありますが、文学写真集としてはまあまあだと思います。お宅拝見めいた覗き見趣味からいえば、やはりダヌンツィオとカルロ・ドッシの超ゴージャスな邸宅!!!が見どころでしょうかねぇ。前者はともかく後者は文学者としての知名度に?をつけたいところですが、自作の館は文句ナシの傑作(笑)。コクトーの家も彼らしいですね。三島由紀夫澁澤龍彦の家を足したような内装です。こっちの方が先かもしれんですけど。


でも、個人的にはブルームズベリーのご両人、ヴィタ・サクヴィル=ウェストとヴァージニア・ウルフが(ワタクシ的には)イチ押し。前者はシシングハースト庭園&館で、塔の中の書斎って、なんか憧れるな〜。ウルフのモンクス・ハウスは田舎の隠者の草庵めいたこじんまりとした感じが、いかにもいい。



▼作家一覧
マルグリット・デュラス(仏)/カーレン・ブリクセン(デンマーク)/ジャン・コクトー(仏)/ガブリエーレ・ダヌンツィオ(伊)/カルロ・ドッシ(伊)/ロレンス・ダレル(英)/ウィリアム・フォークナー(米)/ジャン・ジオノ(仏)/クヌット・ハムスン(ノルウェー)/アーネスト・ヘミングウェイ(米)/ヘルマン・ヘッセ(独)/セルマ・ラーゲルレーヴ(スウェーデン)。ジェゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ(伊)/ピエール・ロティ(仏)/アルベルト・モラヴィア(伊)/ヴィタ・サクヴィル=ウェスト(英)/ディラン・トーマス(英)/マーク・トウェイン(米)/ヴァージニア・ウルフ(英)/ウィリアム・バトラー・イェイツアイルランド)/マルグリット・ユルスナール(仏)

黙示録論(ちくま学芸文庫)/D・H・ロレンス福田恆存(訳)

黙示録論 (ちくま学芸文庫)

黙示録論 (ちくま学芸文庫)

Apocalypse(1930年)。新約聖書の『ヨハネ黙示録』の読解をとおして、その中に込められた復讐思想、ルサンチマンを暴き出し、キリスト教の抱える相反する二面性と、それを隠そうとする欺瞞を突く独自の聖書論。


ロレンスの愛読者というわけでも、福田恆存の格別なファンというわけでもなく、単に『ヨハネ黙示録』に対するミーハー的な興味から、この論に辿りついて読んだに過ぎないが、とても面白かった(興味深く読んだ)。ロレンスの小説は全然興味をひかれないが、『古典アメリカ文学研究』(これもロレンス作ということを意識せず読んだ)は面白かった記憶がある…相性いい?


訳者が筑摩書房版前書(本書では「後書」に収録)でことわっているように、これはキリスト教批判というよりは、聖書とその解釈によって歪められていったキリスト教批判…つまり教会批判という感じがする。彼にとってイエスとそのサークルがやっていた頃の原始キリスト教はプリミティブ(原始的)なるが故に肯定すべきもので、近代批判と繋がってくるんだろうね。


まあ、原始キリスト教がロレンスの想定するようなプリミティブなものだったかはさておき、本書のメインテーマである黙示録批判。「おそらく、聖書中もっとも嫌悪すべき篇はなにかといえば、一応、それこそ黙示録であると断じてさしつかえはあるまい」(本書33頁)「しかしアポカリプスはごく幼少のころからずっと現在に至るまで、本能的に私の性に合わなかったのだ」(本書35頁)…と全否定でぼろ糞けなして、それがいかにルサンチマンに満ちていて、選民思想で、悪趣味かつ鼻もちならないかを詳細に説いている一方で、そのシンボリズム(象徴性)やコスモロジー(宇宙観)にうかがえる古代思想の名残りにウットリ…というところもあって、一筋縄にはいかんですね、ロレンスさん。


これだけの嫌悪と反発の裏側には、やはり、こういう感情を身近に見、聞きしていたという近親憎悪めいた感情があるのでは…と下衆の勘ぐり。

白い僧院の殺人(創元推理文庫)/カーター・ディクスン

白い僧院の殺人 (創元推理文庫 119-3)

白い僧院の殺人 (創元推理文庫 119-3)

ロンドン近郊の由緒ある建物「白い僧院」の別館で、ハリウッド女優マーシャ・テートが殺害された。大女優の周囲に渦巻いていたスキャンダラスな人間関係。そして殺害現場には第一発見者の足跡しか残されていない不可能犯罪状況。難解な事件に、犯罪捜査の天才ヘンリー・メルヴェール卿が挑む…。


The White Priory Muders(1934)。H・M(ヘンリー・メルヴェール卿)シリーズの一作。"白い僧院"…とありますが、おそらく宗教改革で没収されて貴族の館に改装されてしまった元修道院のことだろうと思いますので、作中に修道士とか聖職者が出てくるということはありません。聖なる場所での殺人…みたいなニュアンスは元からないわけです(昔、タイトルで誤解していた…)。まあチャールズ二世(その放埓さで知られる王政復古期の英国王)が愛人との逢引に利用したラブホテルもどきな建物(別館)があるぐらいですからね。俗も俗…。


自然(雪)による密室という不可能犯罪トリックで、当然のことながら思い浮かぶであろう足跡細工トリックが出されては消え、出されては消え…という推理の過程はスリリングかつユーモラス。ギミック好きの俺でもさすがにそういう安易な手は使わないぜという著者の哄笑がきこえてきそうな感じ(笑)。


カー(カーター・ディクスン)作品にしてはめずらしく、オカルティズムも残虐趣味もなく(歴史趣味は多少アリ…)、ロマンス色の濃い作品。ただ、探偵役のヘンリー・メルヴェール卿はイマイチ好きになれないんだよな〜。