ギリシア悲劇1(ちくま文庫)/アイスキュロス/筑摩書房

ギリシア悲劇〈1〉アイスキュロス (ちくま文庫)

ギリシア悲劇〈1〉アイスキュロス (ちくま文庫)


ギリシア悲劇1(ちくま文庫)』アイスキュロス筑摩書房、1985年

  • 縛られたプロメテウス (呉茂一訳)
  • ペルシア人 (湯井壮四郎訳)
  • アガメムノン[オレステイア三部作第一部] (呉茂一訳)
  • 供養する女たち[オレステイア三部作第ニ部] (呉茂一訳)
  • 慈しみの女神たち[オレステイア三部作第三部] (呉茂一訳)
  • テーバイ攻めの七将 (高津春繁訳)
  • 救いを求める女たち (呉茂一訳)


ギリシア三大悲劇詩人のひとり、アイスキュロス
その全作品七作(断片除く)を収録したおトクな文庫版全集。

各作品感想


縛られたプロメテウス
全能の神ゼウスに反抗したプロメテウスの悲劇。近代的な意味での演劇というより見世物(スペクタクル)、バロックの祝祭劇、ハリウッドの大作歴史映画(「十戒」)という例え方はヘンな誉め方かもしれないが、ある意味、古典悲劇はお祭の出し物・見世物(カーニバル)要素があるわけなんだよな〜。山上で繰り広げられる壮大なビジョンはすばらしい。神への反抗者の先駆的存在でもあるプロメテウスなのだが、以降の筋が分からないのがもどかしいな。


ペルシア人
古典悲劇としては珍しい時事ネタ「現代劇」。ペルシア戦争の勝者であるギリシアを寿ぐというものならば、正面きって勇壮な戦闘シーンを描いてもよさそうなのに、敗者たるペルシア人の嘆きを描くというのはちょい変わっている。この芝居が、当時の観衆にどのように受けとめられたものか…知りたいものだ。


アガメムノン
オレステイア三部作その一。冒頭からプンプンとただよう血と肉と脳漿の臭い。我が子を喰らうハメになったテュエステスの悲劇、その呪い。アトレウス王家の呪われた宿命。主役たるアガメムノンが登場する前から凶事の予感がおどろどろしく描写される。妻の張った罠に飛び込む王。不吉な予言を口走りつつ、同じく殺されてしまう狂乱のカサンドラ。何度読んでも素晴らしい名作。


供養する女たち
オレステイア三部作そのニ。アガメムノンの息子オレステスによる復讐劇。夫殺しを正当化、同じ舌で母殺しを詰る悪女クリュタイメストラ。その存在感が凄まじい。もはやただの女というより、太古の大地母神の化身のよう。それに引きかえ、復讐者オレステスが弱いというか、印象度ゼロなんだよな〜。


慈しみの女神たち
オレステイア三部作その三。母殺しの穢れにより、復讐の女神たち(エリーニュス)に追い回され放浪するオレステス。その罪の赦しを描く完結編。後半は完全に法廷劇「逆転裁判」(笑)ですね。いくら評決ギリギリとはいえ、これでメデタシメデタシはたしかに納得できないな〜。オンナの恨みは怖いぜ〜? 和解調停の場が、アテナイの法廷ってところに政治臭を感じてしまうな。


テーバイ攻めの七将
オイディプス王追放後、のこされた息子兄弟ふたりの骨肉の王位争い、その末の悲劇を描く。勇壮なチャンバラ劇。アイスキュロスの詩句を尽くした攻守七将の描写は、ある意味『イリアス』のような英雄叙事詩を思わせる。


救いを求める女たち
ダナオスの娘たち(ダナイデス)の伝説に主題したもの。コロス主体の珍しい劇だが、アクションに乏しいのでいかんとも。あと、あくまでプロローグでしかないから、筋立ての興味にも乏しい。当時の聖域がアジール(避難場所)だったということの、歴史的描写ぐらいしか、見るべきところはないか。

全体を通しての感想

  • スペクタクル色が強い
  • コロスの多用
  • 詩句の美しさ、イメージの豊かさ
  • 宗教劇としての残滓
  • 保守的な世界観・人間観

アイスキュロス劇の特徴をまとめると、こんな感じか(あくまで私見)。保守的という形容が妥当かは分からないが、人の傲慢を戒める教訓的な内容が多いこと、神に動かされる人という構図…あたりに、やや古さを感じるのかもしれない。三大悲劇詩人いったい誰が好きかときかれると迷ってしまうのだが、古さを差し引いても、アイスキュロスのイメージの素晴らしさは捨てがたいものがあると思う。特に「アガメムノン」はギリシア悲劇中随一の凄絶さ。