『小さな手袋』 小沼丹(講談社学芸文庫版)

これがホンモノのエッセイの味というヤツだね。


ここ数日、「猫殺し」女の駄文のせいでクサクサしていたので、ちびりちびりと高級酒を嘗める*1ように味読していたら、いつのまにやら読了。かつて読んだ「村のエトランジェ」「白孔雀のいるホテル」*2といった小説作品を思い出した。この独特のユーモアとペーソスは得がたいものがある。一篇一篇が磨きぬかれた宝石…というのは月並な評言だけど。


冒頭の「猿」がいい。丸谷才一『文章読本』に引用*3されていて、それでよく覚えていたが、こうしてあらためて全文を読むとイイ。見世物小屋の猿が、フト見せた表情と、その天を仰ぐ姿ををとらえて「その星ひとつを求めてゐた…。」の詩句を被せて、「忘れ得ぬ動物」と結ぶ。これぞ、ユーモアとペーソス…としか言い様がない世界ですよ。冒頭からこれだからウハウハである。


懐旧というのは美化がともない時にハナにつきやすいものだが、このヒトの懐旧には不思議とそれがない。おっちょこちょいで、オカシイ、でも懐かしい、あんなヒトがいたなあ…という感じでさりげなく語られる「忘れえぬ人々」は強く心に迫ってくる。古いことも新しいこともムヤミに嘆かず、怒らず、ユーモアにくるんで優しくとらえてみせる…しかも飛びっきりの文章で。

小さな手袋 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

小さな手袋 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

*1:酒はあまり嗜まないんだけど、高級茶…じゃあ語呂が悪いのでww

*2:どちらも名品だし好きな作品。両篇とも小澤書店『小沼丹作品集第1巻』に収録されていたが、いまは絶版のようで…と思ったら『小沼丹全集第1巻』(未知谷)に両篇とも収録されている模様。でも手軽に文庫本で読みたいな。

*3:中公文庫版pp.259-261