美術愛好家の陳列室/ジョルジュ・ペレック/水声社


美術愛好家の陳列室 (フィクションの楽しみ)

『美術愛好家の陳列室』
ジョルジュ・ペレック(著)、塩塚秀一郎(訳)
水声社
2006年
ISBN:4891765569


20世紀初頭アメリカ、絵画展に一点の絵画が出品された。タイトルは《美術愛好家の陳列室》。美術愛好家ヘルマン・ラフケの肖像を、その美術コレクションとともに描いた若手画家ハインリッヒ・キュルツの絵。画中画。西欧美術の「ギャラリー画」の伝統に連なるその作品は、その細密描写、人を惑わす仕掛け、そして描かれたコレクションへの興味で評判を呼ぶのだが…。


とある美術愛好家の美術コレクションと、それを描いた一枚のギャラリー画《美術愛好家の陳列室》をめぐる虚虚実実の物語(中篇)。最後には思わぬドンデン返しが待っていたりするが、そういうドラマはあくまでサブであり、本作のメインはあくまで《美術愛好家の陳列室》とそれをとりまく絵画。



描かれている横長の広い部屋には扉も窓もなく、こちらから見える壁は三面とも絵で覆い尽くされている。 ――本書19頁

このたった一枚の絵の中に、百を超える絵が集められている。きわめて忠実に、丁寧に模写されているので、一枚一枚正確に書き記せるほどだ。画題と画家名を列挙するだけでも、煩わしいだけでなく解説という枠組みを大幅に逸脱してしまう。ありとあらゆるジャンル、流派にわたるヨーロッパ美術と新興アメリカ絵画が、宗教画から風俗画まで、肖像画静物画、風景画、海洋画など、見事に表現されていると言っておけば十分だろう。(以下略)
――本書20〜21頁


ギャラリー画とは17〜19世紀に流行った絵画ジャンルで、自慢の美術コレクションを一同に集めて悦に浸っているところを描かせる、よ〜するに「お宝自慢」の記念写真の豪華版みたいなもの。論より証拠、読むより見るほうが早いので、代表的なものを下に貼っておく。ヴィレム・ファン・ハーヒト「コルネリウス・ファン・デル・ヘーストの収集室」(1628年)、ダフィット・テニールス(子)「レオポルト・ヴィルヘルム大公の収集室」(1651年)、ヤン・ブリューゲル(父)「視覚の寓意」(1617年)…どれも本書の中に言及されている作品である。



大体感じが掴めると思うが、カタログのようにずらりと絵の中に(美術コレクションの)絵が描きこまれているわけで、入れ子構造みたいな感じになってる。キュルツの作品自体も、趣向としては同じようなものだろう。ただ、これを小説というカタチでやるとメンドクサイですね。絵自体の記述に、批評家のコメント、カタログの記述…重層的な語りが幾重にも折り重なり、もたれる。


素材は興味をひくし、アイデアも面白いんだけど、小説として読むと微妙。筋の面白さよりも細部のディテール勝負というわけで、描写でどれだけ魅せられるか…ということになるのだが、訳文が悪いのか、元が悪いのか、美術史の知識の羅列のようにも思え、引き込まれるだけの魅力は感じなかった…。


これを読んで連想したのは、スティーヴン・ミルハウザーの幾つかの作品、特に「展覧会のカタログ――エドマンド・ムーラッシュ(1810-46)の芸術」(『三つの小さな王国』所収)だが、物語の「面白さ」という点では劣るし、細部の美しさ、魅力という点でも…う〜ん、少なくともこの訳文じゃあ…。



■参考文献■
・小林頼子「コルネリウス・ファン・デル・ヘーストの収集室(ヴィレム・ファン・ハーヒト)」(『名画への旅13 豊かなるフランドル』講談社、1993年所収)


■参考記事■
今週の本棚:若島正・評 『美術愛好家の陳列室』=ジョルジュ・ペレック著(毎日Jp)
高山宏の「読んで生き、書いて死ぬ」 : 『美術愛好家の陳列室』ジョルジュ・ペレック[著]