読書メモ(2009年2月その1)

ノアの大洪水―伝説の謎を解く (講談社現代新書)/金子史朗

ノアの大洪水―伝説の謎を解く (講談社現代新書 398)

ノアの大洪水―伝説の謎を解く (講談社現代新書 398)

有名な聖書の「ノアの大洪水」伝説。それとソックリな内容の古代メソポタミアの粘土板文書の洪水伝説。世界各地に残る洪水伝説には共通の何かが隠されているのか…? 一見「ムー」風の出だしですが、世界各地に残る洪水伝説の背後にあったのは、地球の気候変動による天災の記憶なのでは…みたいな内容で、ジャンルとしては歴史地理学、歴史気象学あたりなんでしょうね。

室内と家具の歴史/小泉和子中央公論社

室内と家具の歴史

室内と家具の歴史

『マンガ日本の歴史』(石ノ森章太郎)シリーズの巻末に連載されていたコラムエッセイ(1989年11月〜1993年10月)をまとめたもの。家具とインテリアでたどる日本生活文化史…みたいな内容。図版も豊富で、読みやすく、しかも著者は斯界の第一人者と目されている方なので概説書としては安心できる。ナンをあげれば近・現代が少々駆け足気味で薄いことぐらいでしょうか。

中国の海商と海賊 (世界史リブレット)/松浦章/山川出版社

中国の海商と海賊 (世界史リブレット (63))

中国の海商と海賊 (世界史リブレット (63))

中国の海洋貿易と海賊…あつかっているトピックそのものは魅力的ですが、内容そのものは歴史的事実とその研究とエピソードの淡々とした羅列。悪いとはいえないけど、もちっとポイントを絞り込んで書いてくれないかな。

吉田健一 (新潮日本文学アルバム)

吉田健一 (新潮日本文学アルバム)

吉田健一 (新潮日本文学アルバム)

豊富な図版で日本文学をたどるおなじみのシリーズ。宰相・吉田茂の長男、伯爵・牧野伸顕の孫(そして麻生太郎・現総理大臣のおじさん)という華麗な出自から書きおこし、幼少時の海外生活、青年時代のケンブリッジ留学という経緯をへて、新進の評論家・英文学者として日本の文壇に登場、そのあとの活躍をたどる…という内容。あの独特の文体はバイリンガル的な教育の予期せぬ副産物でもあったわけですね…納得。幼少時の絵ハガキになごむなぁ…。

ユカ坐・イス坐/沢田知子/住まいの図書館出版局

ユカ坐・イス坐―起居様式にみる日本住宅のインテリア史 (住まい学大系)

ユカ坐・イス坐―起居様式にみる日本住宅のインテリア史 (住まい学大系)

畳やユカにじかにすわる…ユカ坐
椅子(イス)にすわる…イス坐
大正〜昭和(戦前・戦後・現在)の80年。二つの生活文化のせめぎあいをえがきだす生活文化史。単に家具がどうこうというインテリア史ではない。畳やユカにすわるということをメインにしてきた日本に、椅子にすわるというライフスタイルがどのように浸透していったのか。現在、どういう状況なのか。


電動こたつ、フローリング、ホットカーペットの普及で、ユカ坐回帰の流れや、イス坐とユカ坐のチャンポン状況が生まれつつあるという指摘は興味深いですね。あと西欧の本式のイス坐生活についての分析も興味深い。

これがワタシたちの小説ベストセレクション70/マッグガーデン

これがワタシたちの小説ベストセレクション70

これがワタシたちの小説ベストセレクション70

腐女子向け活字ガイド(笑)。以前出ていた『耽美小説・ゲイ文学ブックガイド』にくらべると、レファレンスとしてはイマイチに思える。無難なセレクションだしなぁ。一点、一点紹介イラスト付なのがウリだろうか。

国際政治のキーワード (講談社現代新書)/西川恵

国際政治のキーワード (講談社現代新書)

国際政治のキーワード (講談社現代新書)

歴史の見直し、宗教、人権、市民運動地方主義と地域協力主義、グローバリズム…六つのキーワードを足がかりに、現代の国際政治を読み解く。

漱石の夏やすみ―房総紀行『木屑録』/高島俊男/朔北社

漱石の夏やすみ―房総紀行『木屑録』

漱石の夏やすみ―房総紀行『木屑録』

漱石23歳が草した漢文の房総旅行記に、『中国の大盗賊』の高島俊男センセががっぷり四つになって渾身の和訳(訓読にあらず)。自筆稿本の写真版、活字版(ともに白文)。作品解説と漢文についてのエッセイもあり。


本編そのものは、高島センセが繰り返し強調しているように、漱石がオフザケで書いたようなものなので(それでも鋸山の描写とかは面白いですね…行ったことがある場所だけに)、あまり面白いもんでもありません。むしろ、オマケである日本の「漢文」教育についてのエッセイがキモでしょう。


漢文とは要するに中国語の文章。が、日本人のならっている漢文「訓読」とは、言語音声を無視して並び替えただけの当座の便法。そんな当座しのぎの便法で日本人が四苦八苦して漢文を草してもカタコトにしかならない。そんな滑稽なものが国語教育として堂々と教えられている愚…謹聴謹聴。

ギリシアの政治思想(文庫クセジュ)/クロード・モセ/白水社

原著は1969年刊行。古典期以前、古典期、末期、ヘレニズム、ローマ期と分けて、古代ギリシアの政治思想を、時々の歴史背景を交えながら概説していく…オーソドックスな概説書。王制、寡頭制、民主制…最上の政治制度はいずれかという問いかけがポイントなわけですが、皮肉なことにプラトンをはじめとする知識人層で、民主制を積極的に擁護する声がほとんど無いという。


プラトン本人は、王制と寡頭制の中間あたりを考えていたようだし、アリストテレスソクラテスはそこまでいかないものの…やはり哲人は賢人政治→エリート政治を志向するものなんでしょうかね? もっとも、当時の「民主主義」というのも、現代とは全く違ったものであるから難しいんですけど。

歴史意識の芽生えと歴史記述の始まり(世界史リブレット)/蔀勇造/山川出版社

歴史意識の芽生えと歴史記述の始まり (世界史リブレット)

歴史意識の芽生えと歴史記述の始まり (世界史リブレット)

"歴史"意識とは何か? "歴史"を記述するという行為はどのように生まれたのか? 王名表、碑文、年代記…オリエントの歴史記述、ギリシアの循環史観、ユダヤ教キリスト教の史観。現在の歴史学をリードしている西欧的歴史記述はどのように成立していったかを中心にたどる史学史の入門書。


昔ならE・H・カー『歴史とは何か』(岩波新書)でしょうか。史記など中国の歴史記述についても触れられていますが、メインは西欧的歴史記述のルーツであるオリエント、ギリシア、聖書(ユダヤキリスト教)の歴史記述。聖書が歴史書である…というのは日本人の感覚からすると一見奇異に思えますが、循環する時の流れではなく、進行していく時の流れとしてとらえる聖書の史観(普遍史観)は、その後の歴史学にとって大きな影響を与えたわけだ。


枕に映画「ブレードランナー」(ディレクターズ・カット版)のエピソードを持ってきて、フムフムと引き込む書き出しがうまいなぁ…。

ヘマな奴ほど名を残す/ピーノ・アプリーレ/中央公論新社

ヘマな奴ほど名を残す―エラーと間違いの人類史

ヘマな奴ほど名を残す―エラーと間違いの人類史


われわれは、みな間違いで今ここにいる。
レオナルド・ダ・ヴィンチも、
ネアンデルタール人も、
カエルもダニも。
(本書1頁)

この本を読むというエラーを犯せば、次のようなことがわかる。
生命は偶然生まれたが、増殖したのはほかでもない、エラーのおかげである。
今日のエラーは明日の規則をつくる。
疑うことは最悪の間違いである。
やらかすはずのヘマはかならず誰かがやらかす。
権力者とは犯した過ちを他人に負わせることのできる者のことである。
(本書3頁)
これが「南の思想」というヤツでしょうか。
教えて、マッツァリーノ先生(笑)。

ふところ手帖(中公文庫)/子母沢寛

ふところ手帖 (中公文庫 A 64)

ふところ手帖 (中公文庫 A 64)

新選組始末記』で知られる時代小説家の随筆集。この中の一編(「座頭市物語」)が、あの名作「座頭市」の原作であるとのこと。フーン。幕末の剣豪の逸話など歴史ネタが多いですが、むしろ身辺雑記とかの方が面白い。

仏教聖地・五台山―日本人三蔵法師の物語/日本放送出版協会

仏教聖地・五台山―日本人三蔵法師の物語

仏教聖地・五台山―日本人三蔵法師の物語

中国仏教の聖地・五台山(山西省)と、そこで客死した日本僧・霊仙三蔵についてのルポルタージュNHK特集「三蔵法師になった日本人」のスタッフによる本。ちょい古くなってしまったが、内容としてはまあまあか。

日本語練習帳(岩波新書)/大野晋

日本語練習帳 (岩波新書)

日本語練習帳 (岩波新書)

あくまで"練習帳"というところが、やや物足りない。センテンスの長い文章の代表例として、吉田健一の文体をあげていたが、一見、読みにくい悪文のように見えるが、実はすごく明晰な文章であると…その慧眼に感服。

史実を歩く(文春新書)/吉村昭

史実を歩く (文春新書)

史実を歩く (文春新書)

『破獄』、『ニコライ遭難』、『天狗騒乱』、『生麦事件』…など歴史小説の取材や執筆の舞台裏を明かすエッセイ集。内容そのものはいいんだけど、以前読んだムック本に収録されていたエッセイとかなり被るのよ…。

忌品(トクマ・ノベルズ)/太田忠司徳間書店

忌品 (トクマ・ノベルズ)

忌品 (トクマ・ノベルズ)

「眼鏡」「口紅」「靴」「ホームページ」「携帯電話」「スケッチブック」「万華鏡」「手紙」…品物(遺品)にまつわる計八編のホラー短編集。狩野俊介シリーズ、新宿少年探偵団シリーズで知られる著者の怪奇趣味が存分に発揮されたもの。乱歩とか横溝とか好きな方は是非にとオススメしたい。

今ひとたびの戦後日本映画/川本三郎岩波書店

今ひとたびの戦後日本映画

今ひとたびの戦後日本映画

"戦後"というキーワードで、当時の日本映画の世界を読み解いていく映画評論集。「評論」としては緩い内容だが、溝口、小津、黒澤という巨匠、あるいは原節子笠智衆という俳優本位で語られがちな映画の世界を、当時の世相とリンクさせながら見るという切り口もありなのかもしれない。

怪傑ドラマ小僧/麻生和也/二見書房

怪傑ドラマ小僧

怪傑ドラマ小僧

1988年〜2000年のTVドラマ77作品を俎上にあげた批評書。内容的には、いまあるTVドラマの批評ブログとドッコイドッコイという内容。いまから読むと、特に激辛口とも思えない内容だし、読物としても批評書としてもフツーの内容。この当時のTVドラマを知るための資料…としてもイマイチだしね。

ゲンと不動明王/宮口しづえ/筑摩書房

木曽の山奥のセイカン寺で育ったゲンとイズミの兄妹。ふたりは家庭の事情で引き裂かれ、わかれわかれの暮しをおくることになるのだが…。


木曽の山奥というローカル色
仏教的な思想の投影された幻想性
叙情的な文体
戦後児童文学の主流からズレた、戦前の童話伝統の影響を色濃く残すノスタルジックな作品という後ろ向きの評価がされていた作品なんですけど、そう切って捨てるには惜しい作品とも思う。ゲンとまま母のすれ違いなどに見られる細やかな感情描写とかは水上勉の『雁の寺』を思わせるものがあるし。


ちなみに映画化されたそうで、笠智衆乙羽信子三船敏郎(!)という超豪華キャスト。世界のミフネはなんと不動明王に扮したようで、感想レビューを見るかぎり、原作を大幅に脚色したエンターテイメントっぽいですが機会があれば、見て見たいものですねぇ。是非とも見たいもんだ…。

日本のミイラ仏をたずねて/土方正志(文)、酒井敦(写真)/晶文社

日本のミイラ仏をたずねて

日本のミイラ仏をたずねて

日本各地の即身仏をたずねあるくルポルタージュ。著者はまえがきで自身のミイラ仏原風景を漫画雑誌のオカルト特集です…などとカミングアウトしちゃう気さくな方なので、学術的な堅さ・難しさは皆無でズンズン読める。多少ノリは軽い気味はありますけど、ミイラとなった行者さんの生涯、ミイラを大切に守っている寺と地元の人々など、対象をリスペクトして書かれており、好感のもてる本。ただし、あくまで入門紹介書どまりってところですね。


読んでいて『中世の奇蹟と幻想』(渡辺昌美)を思い出しました。あそこで紹介されている西欧中世のローカル聖者さんみたいな感じなんですよね。本書で紹介されている即身仏になった行者さんの伝を読むと。

叡山の諸道 街道をゆく16(朝日文芸文庫)/司馬遼太郎朝日新聞社

街道をゆく (16) (朝日文芸文庫 (し1-17))

街道をゆく (16) (朝日文芸文庫 (し1-17))

天台宗の総本山・比叡山延暦寺とその周辺についての探訪エッセイ。やっぱり面白く書けてるな〜。知人が天台宗の関係者で、叡山の行事に参加するから、一緒に行きましょうと言われて叡山にみちびかれるという出だし、坂本、曼殊院と周辺のスポットをたずねながら叡山の歴史と日本仏教の歴史をたどっていく。そしてクライマックスの法華大会の潜入ルポ。一分の隙もない。

怪しい人びと(新潮文庫)/眉村卓

怪しい人びと (新潮文庫)

怪しい人びと (新潮文庫)

書きおろしショートショート32編。神経症的なネタが多いので、読者の精神コンディションによっては読むことをオススメしない(苦笑)。「あとがき」もフィクションなんでしょうかね。なら、すごく洒落たあとがきだと思う。

椅子と日本人のからだ/矢田部英正/晶文社

椅子と日本人のからだ

椅子と日本人のからだ

家具史とかインテリア史じゃなくて「日本人と椅子」をテーマにした身体論。どうしても家具は美とか意匠とか見た目で判断してしまうところがあるのだが、使う人間の「からだ」にとってどうなのかという視点もたしかに大事。

天平の少年(講談社青い鳥文庫)/福田清人

いにしえの日本、天平の奈良大仏建立を歴史的背景に、牛飼いの少年と仏師を父に持つ少年が織りなす歴史ロマン。一応、児童向けの歴史小説となっているんだけど、小難しい歴史考証とかも無くひたすら痛快で破天荒。とくに軽々と宙を舞い棒きれ一本で悪い大人をバッタバッタとなぎ倒す主人公(野乃彦)はいくらなんでもスーパーヒーローすぎるよな〜と苦笑してしまうが。

東京ディープな宿/泉麻人中央公論社

東京ディープな宿

東京ディープな宿

九段会館、東京ステーションホテル…東京のあまり知られていないディープでマニアックな宿泊施設を泊まり歩くルポ。


この本って、東京の住人とそれ以外の人にとっちゃ意味あいが全然違うよね。後者にとっては、東京宿泊ガイドとしてフツーに読まれ利用されうるワケなんだけど、前者にとっては東京内での宿泊というのは普段ありえない酔狂な行為なワケで、へぇ〜東京にこんなところあるんだ灯台下暗しというオドロキを誘うことになる。著者本人も前者だから、そういうノリで書かれているわけだけど。


セレクションはわりかし手堅い。宿そのものより周辺の散策がメインという展開が多いのがちょっと×。